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高宮あきと云う奴によるDBトラ飯ブログです。pixiv(9164777)もやってます♪主に女性向けなので、嫌悪感じる方はご遠慮下さい(汗)。


by synthetia

未トラ飯青年期アップします♪

ついこないだ支部にもアップしている未トラ飯話です。
真武道会2設定で未飯さん生き返ってます。
トラと未飯さんは同居中。恋人設定ですv

なお、作中に出てくる清掃員の業務内容はあくまで作者の想像で書いたものですので、相違が沢山あると思います。予めご了承ください…orz

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 早朝四時。
 未だ覚醒しきっていない胃にアンパンと牛乳を流しこみ『今日は早めの出勤なのでもう出ます。朝食は適当に済ませてください』とかいう内容の(※寝ぼけていて文字がグダグダになったもの)メモをテーブルに残し、俺は猛ダッシュでマンションを後にする。
 気怠い全身と、しぱしぱする瞼を外気にさらすと少しだけ眠気が飛び、新聞配達のバイクや、運送会社のトラックが横切っていくと『今日は絶対に頑張るぞ』と思えるから不思議なものである。

 …と、いうのも、今日の単発バイトは結構、時給が高額で。
 しかも偶然とはいえ…、

「…バレないだろうな…うん、多分、だいじょうぶ…だろ」

 ———一ヶ月前、通っている大学で出来た親友と一緒に登録した派遣会社から昨晩メールが来て、その内容と金額にも驚かされたものだが………なにより一番仰天させられたのは、その『場所』。うわ、見覚えあるどころじゃない、というか何かの間違いじゃないのか? と、スマホを持つ手が震えた俺だったが、金額が金額、しかも条件が『若手スタッフ募集、学生歓迎、体力勝負!!』とあらば馳せ参じなくてはなるまい。
 当然、派遣会社に承諾メールを送信したら即採用となったのだから、世間と云うのはそれ程厳しくないのだなぁ、と呆気にとられた俺である。

 実は昨晩、元・弟子の同居人には軽く話はしておいた。
『単発でオフィスの清掃バイトが決まったんだ』と。
 だがしかし照れと恥ずかしさが生じ、出張先には敢えて触れないでおいたので奴はモゴモゴと「ああ、悟飯さんなら大丈夫。頑張って」と、あくまで睡魔優先の返事のみ残し、ベッドに潜り込んだ訳で…。
 おいちょっと待て俺明日は早目に出なくちゃならないし弁当作ってやれないんだからな、と説明をする間も無かったし、勿論『聞かれなかった』のだから、こっちだって隠している訳じゃない。仕方ないだろ…成り行き上こうなっちゃっただけなんだから。

 そう。これから俺が向かおうとしているのは、
 ———まさに『カプセルコーポレーション』本社ビルなのだった。







 soutien mutuel







「おはようございますっ!」
 今日一日、宜しくお願いします———と、先方の業務担当兼指導役をしてくださる社員さん二人に挨拶を済ませ、ロッカールームで清掃員の制服に着替え終わったのが、午前五時五十分。オフィスの開始時間が八時四十五分だと云うから、少し早過ぎるんじゃないかとも思えるが…。
 それに言ってはなんだが、この広大なカプセルコーポ本社は30階まであるというのに清掃員は俺とこの、監修してくれるという割とご高齢の男性と女性の三人だけ…というのはどうなのか。
 と、身構えている俺だったが「まだ時間あるから」とぬるめの煎茶と干し芋を手渡され、何時の間にか世間話をする展開となり和やかな雰囲気。あれよあれよと言う間に俺は自分が学生であり同居人と暮らしている事まで話してしまったから、お茶の力は侮れない。中途半端だった胃が漸く落ち着き、緊張もほぐれた。
「あのぅ…いつもお二人だけでお仕事なさっているんですか?」
 まるで用務員室よろしく、電気ストーブの前でお茶をすすっている男性の方へ単刀直入に問いかけてみる。するとお二人は「ああ、いつもならね」と人の良さそうな笑みを湛え、頷いてきた。
 曰く、なんと普段は彼らご夫婦二人のみでこのビル全体を清掃しているらしいのだが、数日前に細君が帰り道で足を挫いてからというもの業務に支障が出ている為、やむなく派遣会社にピンチヒッターを要請したと経緯だ。
「今日、午後に大事なお客様がいらっしゃる予定が入っててね。いつもなら念に念を入れて頑張れるとこなんだが、うちのカミさん、こんなだろ? だから社長が派遣会社に当たってみたところ、お兄さんが来てくれたから助かったんだ。いやぁ本当にありがとな」
「ほんと助かるよ。ごめんねぇ、あたしが不注意で足挫いちゃったばかりにねぇ…」
「いっ、いいえっ、そんな…。お、俺で良かったら幾らでも…」
 ———なんだかとても大事な場面に呼び出されたみたいだが、本当に大丈夫なんだろうか。とはいえ、引き下がれない状況である。
 時間はそろそろ六時になろうとしている。すると、よいしょ、とお二人が椅子から腰をあげ「現場に向かいがてら、仕事の説明をするから」と手招きをする。
 途中、格納してあった用具一式全てを装備させられ歩くと結構、重い。収拾したゴミを集める為の大きな台車も押しながらの移動だ。

 当然、警備員さんと俺達清掃員しかいないオフィスビルはしんと音が無く、静寂の海そのものだ。反響するのは自分達の足音と、台車の軋みだけ。
「まずは手が荒れないように、ゴム手袋。使わない時は腰にはさんでおいて、こっちの手術用グローブを装着するんだ」
 手術用グローブって? と、まごつく俺に奥さんが「これこれ、」と、ポーチの中から半透明の薄い膜状のものをひらひらさせる。良く見てみるとそれは手にはめる形状になっており、なんでも元々は医療の現場で使うものらしいが、この場合「オフィス内でゴミ拾いをする時、手を汚さないように保護するんだ」との事だ。
「あと、床は掃除機かポリッシャーで綺麗にするのが基本だけど、どうしても手作業で洗剤使って仕事するから、目に入らないように気を付けるんだ。お兄さん、薬品アレルギーは大丈夫かい?」
「ほんの少しでも肌についたら直ぐに言って。結構、かぶれたりするからちゃんと洗わないとダメよ」
 はい分かりました、と返事をして、エレベーターに乗り込んで、それからはご夫婦の指示に従って、俺はまずオフィス内のゴミを拾い集める担当となった。ここで吃驚させられたのが、未だ六時過ぎだというのに数人の社員がデスクにいた事だ。確か始業が八時四十五分だった筈である。
「ああ、それは早番さんね。ほらどうしても業務の内容によっては早い時間に出てきて対応しないと間に合わない事もあるでしょ。部署によっては当番制でやってるところもあるから、なるべく邪魔にならないように掃除を済ませないといけない」
 でもこの会社さんは皆良い人達ばかりだから大丈夫よ、と奥さん。
「ひどいとこになると『ジャマだから出てけ』って怒鳴る会社もあるけど、このカプセルコーポレーションさんは、別。みぃんな優しいし親切だし、ブルマ様や社長が良い方々だし。おかげであたしら、毎日きちんと働けて暮らしていける。有り難い所なのよ、ここは」
「そうそう。ワシら夫婦が食べていけるのもみんなこの、カプセルコーポレーション様のおかげ。特に、今の若社長は大変気さくで良い御方で、毎日ワシらにお声をかけてくださるんだよ」
 聞けばトランクスは毎日必ず警備員やこのご夫婦に声掛けをして、すれ違う社員全員にも必ず挨拶を返しているのだそうだ。
「普通、オフィスでお務めされている方々はワシらみたいな作業員に声など絶対にかけないのが通例なんだが、あの御方は全然違う。それどころか、この台車を押してくださったり、ワシらの仕事の手順が知りたいと仰って、一緒に床磨きをなさってくださった」
「作業員みんなに差し入れを配ったりもね。暑い日なんかはジュースをくださったのよ」
 あんなにお綺麗で凛々しくていらっしゃるのに、中身はそれ以上にご立派であらせられる———と、嬉々として語るその言葉に、俺は内心『そうでしょうそうでしょう』と胸を張ってしまいそうになったのだがなんとか堪え「…今日、お会い出来るでしょうか」と、さも学生らしい表情を作ってみせた。






 
 ———世間というのはまだまだ俺の知らない未知に満ち溢れている。
 …こ、こんなに疲れるだなんて正直、思ってもみなかった…!

 八時四十分。
 再び、一階の控室である。
「はい、お疲れさま」
 それ飲んで休んだら2ターン目頑張ろうねぇ、と奥さんが手渡してくれたのはキンキンに冷えたミルクセーキだった。…うん、とろっとした甘さが疲れた身体に沁み渡る。一応、ペットボトルのお茶も持ってきたけれど全然足りそうにない…凄いな、このご夫婦は。あれだけ動き回ってまだ立っていられるだなんて!
「お兄さん、身体頑丈だねぇ。今までにも数回、単発でヘルプの人員呼んだ事あるけど、大抵のコはこの時点で音をあげるよ」
 …そりゃそうだろ、と内心激しく同意を示す俺だが、時給2,000ゼニーがかろうじて強張った全身に喝をいれ、再起動を呼びかける。それにしてもこのミルクセーキ、美味しいな…。額の汗が止まらない。
「…あの…、お二人は若い頃何かスポーツでもなさっていたんですか?」
 でなければワンフロアをたった五分弱で清掃出来る筈が無い。ゴミを収拾していただけの俺でさえこれだけ辛いのだ、きっと名のある選手に違いな…、
「いいやぁ。ワシら若い頃から普通にこういう仕事していただけ」
「それであたしら出会って一緒になったんだよね、ねぇあんた」
 ———聞くんじゃなかった。俺は自分の未熟さを知る羽目に陥る。
「お兄さんこそ、何かスポーツでもやっているんじゃない? 身体引き締まっているし、体力あるもの」
「それに手際も良いし、若いのに言葉遣いもしっかりしてるし。今時こんな真面目なコがいるだなんてワシは感動したよ! いやぁ、若社長みたいなご立派な方もいるけど世間ってのはまだまだ捨てたモンじゃないんだなぁ! うん、感心、感心!」
 …皺の寄った顔に満面の笑みを浮かべるお二人に礼を述べると「じゃあもう一杯飲んだらエントランスに行こう」と言われ、首に巻いたタオルで顔中の汗を拭うと再び清掃用具を携え、俺達三人はきらびやかな人々の練り歩くエントランスホールへ辿り着いた。
《…あ、トランクス…》
 ———其処にはちょうど、あいつがいた。どうやらガードマンの男性に声をかけているらしい光景である。慌てて帽子を深くかぶり直すと、彼はこっちにやって来た。普段一緒に過ごしている時の数倍増しで、その姿は凛々しかった。
「あ、おはようございます。奥さんの足の具合、如何です? …おや、そっちの人が今日の助っ人さんでしょうか?」
 こんなギリギリの時間なのだからとっとと自分の持ち場に向かえばいいものを、トランクスの奴ときたら馬鹿丁寧に「今日は蒸し暑いですね」などと天候の話まで始める始末で、こちらとしては背を向けて清掃道具のチェックをしている振りで誤摩化すよりほかない。くそっ…は、早く行けったら!
「…今日は午後二時辺りに客が来る予定になっているけど、それが過ぎたらラクになさって足休めてくださいね。それでは、また…」
 ふぅ、漸く長話が終わったのか…やれやれ、と思いきや、
 不意に肩をポンと叩かれ振り向きそうになるも、奴はただ一言「…頑張ってくださいね」とのみ残し、去っていく。
《き…気付かれずにすんだ…》
 ほっと胸を撫で下ろし、俺はご夫婦の後に続いてまた業務用エレベーターに乗り込んだ。







 次のターンでトイレの清掃に挑戦したり、各フロアの喫煙室の灰皿を磨いたりと息をつく暇もなくバタバタとして、それでも作業が終わる度に「ありがとねぇ」「お疲れさん」と言われると疲れも吹っ飛ぶし、とても気持ちが良かった。
「お兄さん、いっそあたしらと一緒に働かない?」
 あはは冗談だよ冗談、と手を振り笑う奥さんから差し出された稲荷寿司が凄く美味しくて有り難くて、俺は本気で泣きそうになった。こういう額に汗して働く職業、ひょっとしたら俺に向いているのかもしれない。
 だがご主人曰く清掃業は過酷な割にオフィスワークの半額もしくはそれ以下の給金しか出ないのだと聞かされ。なんでなんだこんなに尊い仕事なのに…と唖然とさせられた。世間と云うのはかくも不平等なものである。
「単発バイトや派遣さんには沢山時給を提示しとかないと、なかなか人員集まってくれないしなぁ。でも専属で長期となると、どうしたって事務職の方が割が良いし、こっちは腰もやられるし疲れるし身体だって汚くなる。それでも誰かが『綺麗にしてくれて有難う』って思ってもらえると俄然やる気が出るんだよ。…ワシら、それを誇りに思ってるんだ」
「トランクス様がね、此処は貴方たちでないと安心して任せられない、って仰ってくれるの。あたし達、こう見えても若い頃は一流ホテルの清掃やってた事あるから、掃除にかけてはどこの会社にもひけを取らないのよ。それだけは胸を張って言えるわね」
「行き場を失ったワシらを拾い上げてくださったこの素晴らしい会社さまの為にもワシら老骨に鞭打ってでも恩義に応えなくてはね。…あ、つい長話をしてしまったよ。お兄さん、良かったらお稲荷さんもうひとつ食べるかい?」
 …いいなぁ、こういうの。これまで守り続けた人々の中にこんなにも素朴で素敵なご夫妻がいただなんて。俺は心の底から嬉しくなって、自然と笑んでしまう。
 はいいただきます、と遠慮なく最後のひとつを頂戴し、持参していたコンビニのパン五つを一気にたいらげた俺は、この職場に来られて良かったと思うと同時、こんなにも慕われているブルマさんとトランクスに本気で感動した。
 あいつは自分が跡継ぎだと云う事に溺れたり慢心せず、常に下から全体を見上げて吸収していこうと試みている。それは多分、母親のブルマさんの影響があってのものだろうが、彼自身も本気で一歩一歩を丁寧に踏みしめ、その好機を大切にしている。それだけは分かる。
「…此処の社長さん、とてもお若いですけどしっかりしたお考えの持主なのでしょうね。社内全体の雰囲気からなんとなくですけど…伝わってくる気がします」
 生意気申し上げてすみません、と付け加えれば、ご夫婦は両手を叩き「そうだろ、そうだろ!」と合唱する。
「あの方は、ただ椅子にふんぞり返っているだけの成金でも、親の七光りで図に乗っているような青二才でもないだろう? そりゃあ未だお若いけれどきっとブルマ様とは違うカプセルコーポレーションを築き上げてくださる。もしあの方が出馬するような事があればワシらは当然、トランクス様を応援するんだ」
「あたし達は此処を綺麗にして、それを支えていくのよ」
 さぁ昼の休憩も終わった。あとはご来客の前にもう一度エントランスを磨き直さなくては———そう言い弁当箱を片付けるご夫婦を手伝い、身成を整えて通行証を首にかけるのを忘れない。
 もう一度帽子をかぶり直し、お二人に続いて休憩所からエントランスへ移動する。あと一時間もすれば業務終了…名残惜しいな…。








 だが、予想外の展開が訪れた。

「おいおいなんだなんだぁ、この濡れたシートはっ!? こないだ買ったばかりのべルガリの靴が汚れちゃったじゃないか…!!」
 時刻は、午後十二時五十分過ぎ。
 どうやらトランクスの話していた予定より遥かに早い来客の訪問に、俺は慌てて「申し訳ございません」と繰り返す。
 その客というのが多分、他社の重役、或いはそれ以上の地位に立っていると思しき出で立ちの男性で、成程、トランクスとは対照的(※色々な意味で)な人間である。所謂、威張り散らす事を『威厳』と勘違いしている輩らしく、身につけているものの趣味もあまり良くない。
 だが俺はただの派遣であり、清掃員だ。謝らなくては。
「もうもう、なんなのこの会社はっ! 来客があるってのに今更掃除なんかしちゃってるの!? 天下のカプセルコーポレーションも本当、落ち目だよね全くもう!! 流石、親の七光り社長がいるだけの事はあるよね!!」
 昼休みを終えた社員達やガードマンががやがやと騒ぎ出す中、慌てて飛んできた指導役のご夫妻が「不手際があったらしく申し訳ございません…」と、帽子をとり、頭を下げる。俺もそれに習い、ひたすら詫びるのだが客人の怒号と詰りは長々と続いた。
 …だが、案内嬢らしき女性が急ぎ足で引っ張ってきたのがトランクス。
 奴は血相を変えるような真似はせず、あくまでゆったりと微笑み「本日はようこそいらっしゃいました」と対応する。多分こいつだって昼食の途中だっただろうに、疲れや苛立ちなど全く見せないのだから素晴らしい。
 それどころか「非礼をお詫びします」と、その濡れただけの悪趣味(!)な靴の弁償をするだなどと彼はさらっと言ってのける。
「…キミ達、みんな各自、自分達の持ち場につきなさい」
 凛とした、その涼しげな喝が入った途端、その場全員の気持ちを切り替え、次第に波がひいていく。それでは失礼します、と去っていく案内嬢の後に続いて俺やご夫婦もそろそろ、と己のポジションにつき、奥さんはポリッシャーを使って床を磨き、ご主人は窓拭き、そして俺はと云えば…ポリッシャーで拭い取れない細かい床汚れをクリーナーと雑巾でとる役目を任されていた。
 背後ではまだ不満を垂れ流す例の『客人』がいるので、正直そんな奴早く追い出してしまえ、と眉間に皺がよりかけるのを必死で堪える俺である。…会話の内容から察するにどうやら『落ち目の』この会社と合同で新製品の開発を進めていきたいとか、なんとか。要するにカプセルコーポレーションというブランドを利用したいのだろう。
 俺は、床の頑固な汚れに集中し、その生理的に不愉快な声を耳に入れないよう、ごしごしと雑巾を動かす。力を入れ過ぎてしまわないよう注意しながら…。

「…しかしまぁ、こういうのもなんですが、こんな下っ端の掃除屋やガードマン風情にまで気を配っているようじゃカプセルコーポレーションも落ち目ですかな!? 財界の大物はもっとこう威厳を保っていなくては、母君のブルマ様もさぞ悲しまれるんじゃないですかね、がっはっは!!」

 何時の間に来ていたのだろう、余程さっきの事を根に持っていたのか、そのギラギラした悪趣味な靴先が俺の磨いていたタイルをグリグリと踏みつけていき、折角磨いたそこがまた無惨に汚れていくが…俺はそんな事よりも、トランクスの奴がどんな心境でいるかが気になって、つい見上げる。
 その深海の瞳が、こちらを見つめていた。まるで『大丈夫ですからね』と言いたげに、しかし本当は悔しくてならないのだろう本心が見え隠れしている。
 いいんだ、いいんだ俺は大丈夫だから。
 それよりキミはキミのしなきゃならない仕事がある。だから———。

《そうだ。窓拭き用の水、取り替えよう…》

 馬鹿に構っていたらこっちまで馬鹿な事をしでかすかもしれない。そう思った俺は静かに立ち上がると一礼し、窓拭きをしているご主人の傍に近付いて「水、新しいの汲んできますね」と声掛けをした。
 するとまた背後の『馬鹿』が言うには「下っ端の躾がなっていない」だの「あいつらの給料から天引きしてこの靴を弁償しろ」だのと、それはもう言葉で表せない程に腹立たしい声音で意見するのだ。
 …俺は全然、いいんだ。でも…このご夫妻にまで迷惑が…。
 なんだったら後でこっそりトランクスに俺の正体を打ち明けて、この人達のお給料だけでも天引きされないように頼んでみよう。
 とか、そんな事を考えている矢先———。
「…いえ、それには及びません。その大事な靴の弁償でしたら私自らがお支払い致しますので…」
 下の者の責任は皆、この社長の私の責任なのですから…と、胸を張って答えるトランクス。エントランスに未だ残っている社員始めとする全員がきっと同じ胸の熱さと感動で満たされていたのは間違いない。
 だが———。

「おやおやぁ!? それではあっという間に破産してしまうんではないですかな!? しかし流石親の七光りと言いますか、顔と媚びで社員の人気を繋いでいる辺りが悲しいですなぁ、がっはっは!! 此処はホストクラブにでも成り下がってしまったのですかなぁ———!?」

 …それからの記憶が、実はあまり無い。
 というのも、そもそも俺はナッパやドドリアと云った下衆を間近にした折によくキレてはクリリンさんや味方を困らせた経験も多々、ある。

 なんかとても腕が無性に震え、髪と全身の毛が逆立ちそうな感覚に任せ、俺はつかつかと自然にバケツを掲げ持つと———。

 …ザバッ、シャァァァァ———ン!!!!
「ぶは———ッ———…!!」
 ビシャビシャビシャビシャ…ポタッ…ポタポタ…ッ…。

 思いのまま、最後の一滴までも残さずに。
 俺はそいつの頭上から、掃除の汚水をぶちまけてやったのだった。
「ななななななんだねキミはっ、ここここんな、こんな真似がぁ…っ」
 呆然としているトランクスと周囲は皆あんぐりと口を開き、当事者の俺はもうあからさまに帽子はとるわ、空となったバケツを尚も無礼者の頭上で振るわでもう大変な騒ぎだ。
 でも、いい。これをそのまま黙って見過ごしたりなんかしたらきっと俺は、死ぬまで後悔するんだろうから。
「ちょっとトランクスさんっ、あんたんとこの従業員は一体どういう躾をしているんですかねっ!! ここここんなバイ菌だらけの水をよくも…っ、」
「黴菌はお前だ、このウスノロ」
 ———なんだろう。自然と口が開き、その薄汚い胸倉を掴む俺がいた。
「…下々の働きをひとつひとつ評価出来るような人柄が何故おかしい? 真摯に学ぼうとする態度の何がおかしいと言う? 世界も会社も、お前みたいな奴等だけで成り立っている訳じゃない。まして日々を支えてくれる皆があってこそのトップだと云う事を忘れているお前なんかに踏ませるタイルは一枚だって無いんだよ、わかったか、この屑野郎…!!」
 俺は即座に、後先も考えずブリキ製のバケツを片手でグシャリと潰し掌大の玉にしてしまうと、ヒッと叫ぶそのずぶ濡れのブルドッグ野郎の手前に転がしてやった。

「………出口はあちらです。どうかお引き取りを」

 怒りが引き、視界がどんどん元通りの色彩になったところで———その哀れな客人が『逃亡者』となっていく後姿をぼーっと眺める俺に…何故かその場に居合わせた全員が拍手喝采を送り「ブラヴォー!!」とまで叫ぶ。
 …床は大惨劇、俯くトランクスと、ハラハラ顔のご夫妻二人。
 あれ程までに熱く燃え滾っていた全身は嘘のように冷たくなっていき、俺は自分のしでかした事の大きさに思わず震え、目前の社長同様、俯く。
 だが流石トランクスは代表者なだけあって「早く職場に戻ってください」と全員を窘めると清掃員の二人に「悪いけど此処を綺麗に拭いておいて」と、俺を引っ張る。
「あ、彼を30分程借ります。…大丈夫、ちょっとだけですから」
 と、半ば強引に腕を掴まれ拘束された俺は代表者とふたり、最上階直通のエレベーターに搭乗した。







 起動音と共に上昇していくエレベーターの中、厳しい面持ちをしたトランクスは固く唇を引き結び、俺を睨み据えている。…当然、こちらの顔を隠す帽子はとっていたから正体は完全にバレていた。
 ———とんでもない事をやらかしてしまった。
 幾ら腹を立てたとは云えど取引先の、大事な客をあんな形で追い出したとあってはこの先の大打撃だ。いや…もっと最悪なケースにもなりかねない…評判にだってキズはつくし、俺一人の問題では済まされない…。
「………悟飯さん、」
 彼が、今日はじめて俺の名前を呼んだ。聞いた事のない声だった。
「ご自分のやった事、分かっていますか? 貴方は…とんでもない事をやらかしてくださったんですよ…」
 もうやめてくれ。分かっているよ。
 謝るだなんて生易しい処遇で終わるとは思っていない。…だったらこの先、俺に出来る限りの責任を負う覚悟だってあるし…一緒にいられないというならそれだって受け入れるから…と、自分で考えた結論で勝手に視界が滲み出し、いてもたってもいられず、俺は俯き、両手をぎゅっと握りしめた。
「悟飯さん、顔、あげてください」
 キミは俺の誇りだった。たったひとつ自慢出来ることと云ったらそれは、こんなにも立派なキミをかつて育て鍛え上げた、その真実だった。
 なのに、あんな薄汚い台詞で大事なキミを穢されたくはなかったし…正直、自分の手を踏みにじられて我慢は出来ても、それだけは許せなかったんだよ。
 俺の人生の全て。自慢で誇り高いキミをあんな風に言わせるのは…。

「あ、」

 押当てられたのが唇だと漸く理解出来た時、トランクスの両腕が俺の腰や背中を包んでいくのを受け入れ、そういえば汗も随分かいたし沢山汚れているのを思い出したのだがそれよりも胸に広がりだすあたたかなもので膝が震えていく。
 どうして今なんだ、どうして…怒っているんじゃなかったのか…と問いつめようとするも、最近緩んでしまったものが不覚にも目元を濡らしていく。でも、離れがたかった。
 トランクスは小さく「…ありがとう」と添えて、また一層深く唇を重ねてくるのだから、俺は黙ってそれを受け入れる。
 確かに俺は、とんでもない真似をした。だけどこいつは俺が何の為にそこまで激怒したかを理解してくれた。
 ———それがたまらなかった。

「…っあ〜…っ、コホン…アンタ達…もう最上階なんですけど」

 しまった。思わず到着音すら忘れていたらしい。







「えぇっと、悟飯くん。アンタも幾ら腹を立てたからってさ、ああいう真似されちゃこっちも困るの、それは分かってる? これからアタシやトランクス二人で謝罪しに行かなきゃなんないし、その後も色々と厄介な手続きと作業が出来ちゃったんだからね。…こういうの社会では通用しないんだから、いい加減大人になんなきゃダメよ」
 でもまぁ、正直アイツやあの会社には魅力も将来性も無かったからぜんっぜん構わないんだけどさぁ、とブルマさんは苦々しげにシガレットを口に含み語ると「今夜は三人で盛大に騒ぎたい気分ね」と両手を振った。
「社会人として失格———だけど『嫁』としてなら合格かな」
 だから今回の顛末は派遣会社にも言わないし、今日の日給はちゃんと支払うよう通達するから安心しなさい、とブルマさん。ならば、あの清掃員をしているご夫婦にも迷惑はかからないだろう。取り敢えず、ほっと胸を撫で下ろすも「万が一の事があるから、二度と清掃のアルバイトには来ないでね」と釘も刺される。そりゃそうだろう、当然だ。
 タイムカードにトランクスから直々にサインを貰うと、俺はもう一度頭を下げ「申し訳ありません」と謝罪をし、立ち上がる。
「さて、アタシ達はそろそろ出発するとしましょう。さ、トランクス、アンタも身支度済ませて。さっさと終わらせて、悟飯くんと一緒にディナー楽しむんだから!」
「すみません、悟飯さん。きっとお疲れでしょうに嫌な思いをさせて…取り敢えず先に帰ったら仮眠とってくださいね。後で電話します」

 あとこれ、申し訳ないんですけど、お掃除のおじさん達と警備員の方々に配っていただけますか、とちいさな菓子の包みを手渡され、俺は「うん」と頷くと、社長室を後にする。
 だが———なんだか急に立ち去りがたい思いが生じたのと、これだけは伝えなくちゃ、と俺はかつての弟子であり現在は『特別な存在』となった若社長の元へ引き返すと開口一番、

「キミ、本当に最高の社長だよ、トランクス」

 いつも挫折と前進、時には屈辱すら浴びているだろう彼にこっそりと、あのご夫婦の思いと感謝の意を伝えてしまう。本当ならこういうのはしてはならない事なのだろうけど、もしこれで彼の心が少しでも癒え励まされるのなら構わないだろう。
 果たしてこの行為が吉となったのか、この短期間で心無しか面窶れした風だった彼の顔に生気が甦り、まるで陽光が差し込んだかのようにぱぁっと明るく輝き出した。
「…今日は弁当作ってやれなくて悪かったな。明日はうんと奮発してやるから、勘弁な」
「ええ、期待しています。出来たらハンバーグ弁当がいいな」
「ちょーっとちょっと、アタシを置いて二人の世界入らないでくれる? ほらトランクス行くわよ! あ〜…悟飯くん出来たらアタシにも明日お弁当作ってもらえないかなぁ…」
「ブルマさんもですか。分かりました、明日トランクスに持っていかせますから」

 ではまた後ほど、と手を振り、今度こそ退室して、エレベーターに乗り、心配顔で待機していた清掃員ご夫妻とガードマンの方々に世話になった旨を告げ、トランクスから預かったジュースを配り、私服に着替え直して退社する。
 時間は未だ、午後の二時。太陽はやや傾いてはいるものの高々とした位置でアスファルトを照らし、行き交う人々を見守っている。
《…良い勉強というか、また色々やらかしたな、俺》
 でも———またひとつ、相手の知らなかった一面も発見出来て、あの頃よりもっと…募る想いが高まって、なんだか無性に全身を動かしたくなってしまった俺は空へと飛翔し、力の続く限り加速してその名を呟いた。

 どうしよう。俺はまたキミを好きになっていく。

 とめどない想いと行き着く先が不安でならないけれど、この幸福の中で俺はどれだけキミを支えていけるのだろうか。

 いや———支え合えばいいんだよな。
 あの頃ともう違うのは、それが分かっていると云う事。




《キミが支えてくれているから、俺も頑張れるんだって事》







 END.






悟飯さんにとってトランクスは全てです。
自分なんかよりもずっと素晴らしい彼を
貶される事だけは許せないのです。(←捏造)


by synthetia | 2017-05-27 14:38 | (主にトラ×飯)駄文 | Comments(0)