未来師弟駄文。
2018年 07月 27日
ぷらいべったーで掲載していた、未来師弟の夏休み話です。
(※未飯さんは大学通っている設定で学友などのオリキャラが登場します)
すこ〜しだけ『怪談話』ぽいので、ご注意を。
でも全然、怖くないからきっと平気…✨
あぁあと、あまりホモォではありませんので、ご了承願います💦
↓
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真夏日の都心は、半端無い暑さ。
おかげで毎日着るものに苦戦するわ、汗だくで出社なんて訳にはいかないから一旦カフェで冷たい珈琲を口にし、タブレットで涼しげな記事などを目に通してからエントランスに向かう———そんな日々が続いている。
復興後、企業が波に乗り始めていくと同時、環境問題やエコロジーに関する動きが活発になって、おかげで我が社内も『室温27℃設定』と省エネを実施する事となった。
おまけにかあさん、何か特集でも視て感化されたのかグリーンカーテンとやらに凝ってしまって、お陰で最近ゴーヤーとヘチマを持ち帰らされる事が増えたのも悩みの種だ。帰り道、自分が瓜臭くて困る。
「ほ〜らトランクスっ、今日もこんなに採れたわよ〜っ♪」
…だからかあさん、そういうのたまには自分で持って帰って…!!
いい加減それ飽きたっ、悟飯さんも溜息ついてます!!
(『あ…うん、有り難い、な…』って明らかに困ってたし)
そんなこんなでオレとしても些細なうやむや、モヤモヤが溜まりに溜まって、「もう仕事したくない…」と秘書に零したら鼻で笑われたのも腹が立った。
「社長は、ガス抜きが壊滅的に下手でいらっしゃるのです」
…ま、元が直球ストレート型ですから…と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた彼女だが、ふと目線を彷徨わせた後、唐突に「あ、そうだ」と人差し指をこちらに向けてくる。
そしてこう提案してきたのだ。
社長がお持ちになられている業務、私が終わらせましょうか———と。
「副社長のご依頼の書類と事務のヘルプ両方、そのいずれも秘書課の若い子達でも出来そうな業務内容ですし。それに社長、今の貴方はどう見たってストレスの塊です。私から副社長に直訴して、明日から三日間、休暇をとっていただきます」
その代わり…私も交代で代休いただきますから、とレディ秘書。
「お気付きかどうかはともかくですが、社長。…独り言の癖、治した方がいいですよ? あとお忙しい時、自覚は無いかもしれませんが髪を掻きむしるのも…」
こいつ、オレを心配しているのか、詰りたいだけなのか。
「あ、それと何処か出掛けるのならばお土産、必ずください。あと、休暇後の引継ぎメモには必ず目を通すようお願いします。それからメールの件ですが…」
…まあ、いい。
くだくだしい説明はこの辺りで止めておく、として…。
「えっ、休暇!? だったら俺の大学のサークルで合宿あるんだけど…」
そして誘われるがまま、オレは着替えと最低限のアメニティグッズのみ持参で、学生陣の仲間入りを果たす事と相成ったのだ。
いや悟飯さんいるし大丈夫だろ…あと人数そんなにいないから、とか言ってるしな…と、軽く身構えていたオレが浅はかだった、と約12時間後の自分に凄く詰め寄りたい…。
『悟飯さんと一緒に休日ライフを満喫出来るっ!』
とか考えたオレが、とっても甘かったんだ———!!!
真夏の夜の夢
………。
………。
………な…なんで、こんなに歩かされるんだ、オレ?
早朝五時半、悟飯さんの通う大学前でメンバーと待ち合わせをし、睡魔と格闘しつつ眩しすぎる朝陽の光を浴びながらでひたすら電車を乗り継ぎ郊外へ出て、そこから更に、今時見慣れないタイプのレトロなバスに乗らされ、ガタンゴトン、と揺れまくりながらで自動販売機やコンビニすら見当たらないバス停で降り、後はずーっと直射日光オンパレードの白い道を約一時間近くも歩かされている、そんな状況下だ。
「えーっとっ、トランクスさーんはいっ、塩飴でーすっ♪」
悟飯さんの同級生だという女子が、オレへと飴を差し出してくる。ホント暑いですよねーこんな歩かせるなんて信じらんない…と、ハンドタオルで額を拭うその仕種にはまだまだ余裕がありそうであり、また、前方を歩く悟飯さんやその親友である青年は何かの共通の話題をしているらしく、割と元気そうだ。
メンバーは、四人。悟飯さんとドレッドヘアーの青年に、ショートカットの女子…そしてオレ。
「あっ、あ〜…見えた見えたっ、ほれあの旅館ッス!!」
ゆらゆら陽炎に揺れる『それ』は、遠目にはあばら屋めいていて、なんだかコワい。オレ、会社休んでなんでこんなとこいるんだろう…と、半ば本気で悟飯さんを恨む。というより何故前日までそんな合宿がある事を知らせなかったんですか、と問うたが、
「え? 言ったよ、随分前に。覚えてないのか?」
しれっとそんな返答をし、ああ食事なら数日分冷凍してあったし…と、平然と言ってのける師匠。
「それより折角の休日だ、キミも一緒に楽しんでいけよ。この二人、前々からキミに興味津々だし、きっと仲良く出来ると思う」
振り向けば悟飯さんの学友二人は「はぁ〜い」と、こっちにスマイルを向けて手を振っている。…ま、彼等は三日に一度は必ずうちの玄関先に来るし(※悟飯さんを呼びに)…けして初対面ではない訳だしいいか、そんな気を遣わなくても。
「ね〜ね〜トランクスさんて、あのカプセルコーポレーションの社長さんなんですよねっ! それってどんなお仕事やるんですかぁ〜っ!?」
「コラ待て抜け駆けはナシだぜっ、それよかオレもちょー質問バリバリあるんスよぉ〜っ社長さんっ!!」
…若いっていうのは恐ろしい武器であり、また強みだとも思う。
オレはまごつきながら悟飯さんに助けを求めるが彼はしれっと「えっと、予約の場合は確かこのクーポン見せるんだっけ」と、スマートフォンを操作しだす始末…オレはもうヤケになって「ああ、うん」と、それぞれの質問に正直に答え、気付けば割と親密に会話が出来るまでになっていた。
宿に着き、門を潜ってみるとそれほどボロボロではなく、寧ろひなびてはいるが『レトロ』と云えなくもない雰囲気を醸し出している。
悟飯さんが受付を済ませ「すみません、急な話で…」と、一名追加になった件を詫びていたが、ご年配の女将さん曰く「逆に嬉しいことですから」と冷たい麦茶を出してくれたのが有り難かった。
チェックインを済ませ、オレら四人は早速、あてがわれた部屋に通され荷物を置く。イグサ、と呼ばれる植物を編んで作られた『畳』に、木枠に薄紙を貼った『障子』は、都育ちのオレには新鮮だ。カーペットと違って涼しいし、すぐに寝転がれるのは最高!
…と、そこで窓際で景色を楽しんでいた女子が「わぁっ、アレなになに?」と指差している先には…短冊をぶらさげた湯呑サイズの鐘のようなものが軒先に吊るされていた。
「ああ、あれ? 風鈴、っていうんだ」
俺の実家でもよくぶら下げているよ、と悟飯さん。
「風が吹いたりするとあれがチリンチリン、って音が鳴って、真夏日なんかはそれがとても涼しげなんだ。夏の風物詩だよ」
———でも元々は物事の吉凶を占う占風鐸(せんふうたく)と言う道具が起源なんだってさ、と師匠。
「魔除けとか、厄除けの意味合いとして使われていたとも云われているけど、時代が進んで夏の氷売りや蕎麦の屋台で使われるようになって、現在の『風鈴』の形になったという話さ」
「あっははは、さっすが悟飯センパイっ博識〜」
…しかし本当、辺り一面見渡しても特といったものもなし、ただただ海辺と空、時折ちらほらする岩と木だけ。海水浴に訪れている客もまばらにいるが、リゾート地と呼ぶにはほぼ遠い。
「此処よぉ、海産物つぅか刺身や干物がすっげ〜うまいらしいんス! それと…こっちも」
ドレッド頭がぐいっと飲む仕種をした。どうやら酒の話だろう。
「それにしたってキミ達、どうして此処を合宿に選んだんだい?」
旅館のスタッフに聞かれてはまずいので声のトーンを落とし、オレはドレッドに質問をなげた。すると彼は曖昧なジェスチャーをした後に、
「そっれは夜のお楽しみさ、トランクスさん! ささ、それよか水着持って持って! まずは海といったらスイカ割りとビーチバレーっしょ…!!」
それからというもの。
何処で買ってきたのか、何時の間にか人の頭より大きなスイカを抱えた悟飯さんと、パラソルと折り畳み椅子を用意した後の二人によって海水浴が決行された。
あぁっ…い、何時の間にっ、何時の間に悟飯さん、そ、そんなハレンチな水着を買ったんですかね…!? 目のやりどころに困るんですが…!!
「…は? キミもスバルも同じようなもの着てるだろうが」
心底呆れ顔の師匠、紅一点の女子に「うわっ、見違えたよ」と駆け寄ってその水着姿を褒めつつ、オレから逃げるようにそそくさするのがなんだか悲しい…オレはそんなに邪な目で見ていたっていうのか? それにしてもほぼ全裸じゃないか、それ!! 陽射しを浴びて桜色に火照った白い肌に、完璧な彫像のような筋肉に包まれた全身…歩けばそのしなう腰の細さが際立つし、なんていやらしいんだ、水着ってのは!!
「はいはいそこボーッとしてないで。だったら…こうだっ!」
悟飯さんの声と共に、視界が布地でシャットアウト。
(あ、これって…もしかしたらハチマキ?)
「トランクスさぁ〜ん♪ おっねがいしまぁ〜す!」
そしてオレは完全に閉ざされた漆黒の闇の中で木の棒を構え歩かされ「あっ左、左」「いや、真直ぐ十五歩!」とか野次を飛ばされコケてコケまくって、ようやく頭突きでスイカを割ってウケを狙った後に「師弟対決!!」と、ほぼ一対一のビーチバレーで悟飯さんと戦う羽目に陥ったのだった…。
———夜、八時。
話に聞かされてはいたが、魚と貝の美味い事…。
「ぷっは〜、もう、動けねぇ〜…」
暑さも忘れ散々ふざけ倒し、全身使ってきた後の露店風呂と、用意された刺身やフライの味はまた格別だった。
「…こんなにお腹膨れるほど魚食べたの、久し振り」
流石の悟飯さんも満腹なのか、浴衣の帯をゆるめて畳の上にくたんと横たわって腹部を撫でている。
「ねぇねぇみんなっ、デザートにアイス食べようアイスっ」
…だが女子というものは何故いかなる場合においても『甘いものは別腹』なのかも問いたいところだ…。かといって冷たくする訳にもいかないか。
「あ、オレも付き合うよ。悟飯さん達はそこで休んでいてください」
確かアイスは土産屋で売っていた筈。
オレは財布を手にし客室を出ると、彼女と世間話をしながらアイスを四つ、買った。
「え、トモダチですかぁ? いるいる、いっぱい。んでもセンパイやあのコルク頭と一緒にいるとなんか落ち着くし、なんかワクワクするんですよぉ〜」
ちなみに、悟飯さんやあのドレッドヘアーの青年は二十歳越えてからの入学だが、彼女は普通に高等学校を経てからの入試で現在に至るらしいから、あの二人との年齢差はそこそこだという。
「でもぜんっぜん気を遣わなくてすむしぃ…なんつぅか、特に悟飯センパイと一緒だと、ちょー落ち着いちゃうんです」
———何があっても大丈夫ってな気分になれちゃうから、と彼女。
「ふっふっふ〜、そ・れ・よ・り!! メインイベントはっ、実はこれからなんだなぁ〜…」
聞けばこの合宿、その『悟飯さん』を鍛え上げる為のものだとか。…それ、どういう意味合いなのかと聞くまでもなく…察しがついたオレは「それ、悟飯さんに相談したの?」と、耳元で囁く。
しかし彼女は肩をすくめ「わかんなぁ〜い」と、アイスを一匙すくいパクンとするのみだった。おぉ〜い…。
「それでは、各自ロウソクをもって」
———予想通りの展開。
ドレッドが事前に依頼し呼び出した周辺のご隠居と、この旅館の女将さん数名が、真っ暗な和室の畳の上に鎮座している光景…。
「昔…此処は猟師町として栄えていての、盆の時期になると『迎え火』を焚いて死んだ人間の霊を迎え入れる風習があったんじゃ…。そしてこの日はけして何があっても船を出してはならぬ、と言われていての。何故なら、海で死んだ者たちの霊が『船幽霊』になって船を沈めてくるからなんじゃよ…」
朗々と語られるそのエピソードは何処かで聞いたようなものばかりではあるが、ロウソクの灯りのみ、しかも皺のよったご老体達が語る事によって深みと真実味を帯び、じわじわと身体が凍りつきそうになる…。
ふんふん、と聞き入るショートカットの女子。
スマホを駆使し、メモをとるドレッドヘアー。
…で、肝心の悟飯さんは…といえば、オレの隣で可哀相な程ブルブルと震え、こちらの浴衣の裾をぎゅーっと掴んで離さない…。とにかく、本当に怯えていて気の毒だ(※オレは嬉しいけど)。
「水平線の向こうから不気味な船が近付いてきての、そこから無数の火の玉がふわふわと舞い飛ぶ…掟を破り、盆に漁をしだした者にこう囁くのじゃ…『柄杓をくれ〜…柄杓をくれぇ〜…』とな…」
ひぃっ、ひぃっ、と、連続で悲鳴をあげて遂にオレへしがみつき始めた悟飯さん。それを横目に「あ〜あ〜」と半目開きのドレッドが「んで、その船幽霊の話っつーのは実際にこの町ん中で体験した人とかいるんスかね? 人数は? 時間帯とかの詳細あったら是非」と、しきりにレポートをとりたがっていた。
すると女将さんが挙手をする。
「船幽霊…とは違うかもしれませんが、うちの人の話を、ひとつ…」
海産物以外の特色も無いこの町だが、以前はそこそこに賑わい観光客で潤っていたのだが、件の『人造人間襲来』により、町全体の収益はほぼゼロになったのだ、という。
観光客が来なければ副業で賄うしかない。
「うちの人は漁師の家で育ち、この旅館を経営する傍らで自らもよく漁をしておりました。けれど、近場で獲れる魚だけで収益を得るのは大変難しく、そこで夫は『マグロで一攫千金を狙う』と言い、ちょうどこのぐらいの時期に旅立ったきり、帰ってきません」
———もう生きていないでしょうね、と女将さんは渇いた笑みを浮かべると「でも、」と呟く。
「あの人かどうかは分かりませんが、この時期は実際に…出るんです」
なまぬるい風がびゅうびゅう吹く夏の夜、浜辺からは苦しげな呻き声と共に…海の彼方に蒼白い人魂が浮かぶ、という。
「この町の人達も、訪れたお客様の数人いずれも同じ事を仰るんです。もしかしたらうちの人…此処に帰ってきたくても道が分からずに彷徨っているのかも、しれませんね」
だからこの時期は必ず、玄関先に提灯をぶら下げてるんですけど。
———そう女将さんは、語った。
「あの人、スイカが大好物でね。普通、お盆にはキュウリとナスで送り迎えするんですけど、うちはスイカを飾っているんです。…せめて、あの人の身体だけでも拝めたらいいんですけどね…」
翌朝。
ぜんっぜん眠れなかったらしい悟飯さんが目をしょぼつかせながらも起床し「…トランクス、トイレ…」と、オレを『また』同伴させたがる。
「だって此処、トイレが廊下の奥なんだ」
なんだか暗いしおっかないんだよ、と両手をこすり頼まれると「はいはい」としか言えないオレの心境を察してほしい。
「おーおー、起きたか孫 悟飯。んじゃ現地の地形のリサーチと、地元の人間達の意見をまとめて夜、海辺を探索するべ」
学友の囁きに悟飯さんは「ああ、わかった」と答え、勢いよく生卵とアジのひらきで米をかっこみ、ポリポリとキュウリのぬか漬けを美味そうに食べる。
オレは何をすれば…そうだ、荷物持ちでもするか。
「それにしても悟飯さん、怪談話が苦手なのにどうして今回のフィールドワークを選んだんです?」
聞けば師匠曰く「怪談っていうのも一種の民俗学だからね」と微笑む。
「フォークロア。民間伝承の調査を通して、一般市民の生活、文化の発展や歴史を研究するもので、こういうのは凄く興味深いのさ」
…平和になった世界を色々調べ回りたいと前々から願っていたからね、と悟飯さんはシメのたくあん一枚を口にし、ポリポリと咀嚼。
「それに俺は、ああいう『怖がらせる為の話』が苦手なだけ。別に、人魂とか、起こる怪奇現象そのものはあまり怖くはないんだよ。…さ、トランクス、さっさと支度してこい。俺もすぐ用意するから」
———とかなんとか、
真面目な調査を考えていたのはどうやら悟飯さんだけだったようで、実際は小一時間程、町の人々にそれとなく「大学の研究で…」という触込みで話を聞かせてもらったりもしたが、
「うっわうわ! サボテンのお刺身、ちょーおいしっ♪」
「みろみろぉ! こぉんなおっきークワガタ、コレ幾らで売れっかな!?」
———あとの二人がそれはもう観光そのものをエンジョイしているだけの行動となっていたのだ。呆れてものが言えない。
「っ、あーっトランクス!! キミまで俺を裏切る気か…!!」
だって暑いし、アイス美味しいんですよ。仕方がない。
人魂が発見されたと思しきポイントはどの人々に聞いても共通しており、あのお世話になっている旅館からさほど離れていない海岸である。
「…本当に、幽霊なんてのはいるんでしょうか」
オレがそう呟くと悟飯さんは暫し俯きながら「分かる気がする」と、自身を指さす。
「無念や、やり残した事、それらがあると自分が『死んだ』事すら自覚出来ずに『念』だけが取り残される。すると自ずと気付かずに暴走するって訳さ。少なくとも、俺には、分かる…」
———あ。
「でも俺だって非科学的なものはすぐに信じないさ。まずは目で確かめないとレポートだって書けないしね」
十数年も彼世で、自責の念で生み出した幻の敵と戦い続けていた人がその台詞を言うとなんとも云えない深みがあった。オレは無言で悟飯さんや学友達の後を追い、浜辺で写真を撮ったりもした。
そうして二日目の夜が訪れた。
女将さんに許可をとって、真夜中の浜辺を撮影したり手を合わせたりしつつ、件の現象を待った。
ちょっと真夜中過ぎたかなぁ、と間延びした女子だったが…不意にオレの方へと駆け寄り「…や…っ、あれ…、」と、指をさす。その方角に目をやるが、何も無い。静まった海面が月を映すのみだ。
だが暫くしてみると———海の彼方に一瞬だけ、なにか光の球体がフラッシュのように輝き、消えた。全員が凍りついた。
「…ははっ…ま、まさか、マジのやつだったかなー…?」
いや待て、あれって確か…何処かで聞いた事があるような…。
とか呆然としているオレの真横から悟飯さんはナチュラルに舞空術を使ってすぃーっ…と、まるで幽霊よろしくその『人魂』らしき球体の方を目指していく。
と、風が吹いた。
海がざわめきだし「おぉお、おぉお…」と、あたかも男の低い声にも似た呻きを奏で始めた。ぎゃーっ、怖いよぉー…と、パニックになりかけた女子をドレッドヘアーの青年が押さえ「コレただの風ッスから」と、口笛を吹いた。
「ほれ。此処、岩多いし、丁度『笛』と同じ原理で風が岩場の隙間を縫って吹いているからどーしても『呻き声』みたく聞こえるんスね」
ヒトって恐怖心芽生えちまうと、どーしても大袈裟にとっちまうもんスから…と、割と冷静な意見と目線がくると、少しでも怯えてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思える。だが、本物の幽霊でなくてほっとしたのも確かだ…。
やがて、海面の彼方から再び戻ってきた悟飯さん。彼は月光を背に「やっぱりあれ…球電だったみたいだ」と、カメラを手にしていた。
『球電』
要は———非常に稀な発光現象である。
非常に強いエネルギーを帯びた発光体が、球体となって空気中を漂うといい、落雷による放電現象で空気中に大量に放出された電子が、強力なエネルギーを持つ電磁波の塊のような球体になると言われているが、仕組みはまだ明らかにされていないのだ。
「真夏日は不安定で、低気圧が近付くと海付近も影響され易い。陸では良い天気でも、少し離れた沖でスコールが発生して雷が鳴っている…という話は聞いた事があるだろ? きっと条件が重なって、たまたま…夏期にこの現象が立続きで発生した。それが『人魂』と『船幽霊』になっていたんだろう」
あぁ成程そうだよな…と、内心抱えていた恐怖と不安を理論化する事により落ち着きを取り戻した学生達とオレらは「写真も撮れたし、そろそろ戻るか」と、風鈴の音を辿って泊まっていた旅館へと戻り「やっぱり何もありませんでした」と、笑顔で女将さんにおやすみの挨拶を交わす。
「そりゃそうですよね。おやすみの前にスイカは如何です?」
有り難い申し出だ。都会では殆ど経験する事のない浴衣に、風呂上がりのスイカと風鈴。悟飯さんやドレッド頭は嬉しそうにむしゃぶりつき、一方でウレイナ、という名前の女子は「私なんか頭いたくて〜…」と、奥の間に消えていった。疲れがたまったのだろう。
さてこのスイカを食べ終えたら寝ようか…と、三人席を立とうとしていた、その時だ。
コンコン…と、障子の戸を叩く音と、人影がある。向こうは庭の筈だ。こんな夜更けに物騒な…と身構えているところに悟飯さんがすっと障子を開ける。そこには冴えない風体の、壮年の男性が一人。別に怪しい感じはしない。
悟飯さんが「どうかされましたか?」と問うと、その男性は額を腕で拭いつつ「…水とスイカをいただけませんか」と、両手を差し出す。
「もう随分と水気のあるものを口にしていないんです、だから…」
「…分かりました。水と、スイカですね」
直ぐに用意しますからね…と、彼は数切れ残っていた西瓜を皿ごと差し出し、未開封のミネラルウォーターのペットボトルを男へと渡す。あぁありがとうありがとう…と、しわくちゃの面を更にくちゃくちゃにした作業着のその男性は濡れ縁に腰掛けると美味そうに西瓜にむしゃぶりつき、悟飯さんの差し出した水もガブガブと飲んだ。
「あぁ、美味い…こんなに美味いもの、本当に久し振りだ…」
「あの。よかったら、これも…」
何時の間に持ってきたのか、旅館の女将さんが仏壇に供えていた巨大な西瓜を一玉、悟飯さんはその男に手渡す。彼は目を細め「なんとありがたい…」と手を合わせ、何度も頭を下げ、庭から門を潜って出ていってしまう。
「…なんだ、ありゃ?」
ドレッド頭が不審そうにその後姿を眺め「てっきりここで働いてる庭師だとばかり」と首を捻っている。実はオレもそう考えていたのだ。
だが、悟飯さんはひとり「…辛かったんだろうな」と呟く。
「見渡せど見渡せど、周囲に水はあるのに飲めない。…そんな状況、考えた事があるか?」
獲れた魚を食べる気力もなく、野菜や果物を摂取出来ず…最後はどんな状況だったかを考えるとぞっとしないよ…と、悟飯さん。
「俺が経てきたものはまだ、地獄じゃなかったのかもしれない」
夜の闇と同じ色をしたその瞳が一体何を捉えているのか、また彼が先程接した相手の正体を想像し、今更ながらオレともう一人は総毛立つ我が身をかき抱く。
濡れ縁には、歯形の残った西瓜の皮と、水溜まり。
綺麗に空となったペットボトルが、二本。
「…強い『念』は誰しもが持っている。それが怖いだなどとは思わないがキミ、一番恐ろしいのは生きている人間そのものかもしれない」
だって『怖い』と思うから恐怖も生まれるんだよ、と。
まるで半開きの口のような月を仰ぎ、悟飯さんはその皿を手にし片付けると「さ、早く寝ようか」と笑いかける。
一番恐ろしかったのは、
事に冷静に対処した筈の悟飯さんが矢張り真夜中のトイレで何度もオレを起こし「ついてきてくれなきゃ怖い」とまくしたてた。
それが一番、怖いかもしれない。
END.
おじさんの正体は…やはりアレでしょう。
悟飯さんは一旦黄泉の国へ渡った身の上ですので、
なんとなく直感で察したのでしょう…。
怪談話でひぃひぃ叫んで震える未飯さん
書けて、むっちゃ楽しかったです…✨
(※未飯さんは大学通っている設定で学友などのオリキャラが登場します)
すこ〜しだけ『怪談話』ぽいので、ご注意を。
でも全然、怖くないからきっと平気…✨
あぁあと、あまりホモォではありませんので、ご了承願います💦
↓
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真夏日の都心は、半端無い暑さ。
おかげで毎日着るものに苦戦するわ、汗だくで出社なんて訳にはいかないから一旦カフェで冷たい珈琲を口にし、タブレットで涼しげな記事などを目に通してからエントランスに向かう———そんな日々が続いている。
復興後、企業が波に乗り始めていくと同時、環境問題やエコロジーに関する動きが活発になって、おかげで我が社内も『室温27℃設定』と省エネを実施する事となった。
おまけにかあさん、何か特集でも視て感化されたのかグリーンカーテンとやらに凝ってしまって、お陰で最近ゴーヤーとヘチマを持ち帰らされる事が増えたのも悩みの種だ。帰り道、自分が瓜臭くて困る。
「ほ〜らトランクスっ、今日もこんなに採れたわよ〜っ♪」
…だからかあさん、そういうのたまには自分で持って帰って…!!
いい加減それ飽きたっ、悟飯さんも溜息ついてます!!
(『あ…うん、有り難い、な…』って明らかに困ってたし)
そんなこんなでオレとしても些細なうやむや、モヤモヤが溜まりに溜まって、「もう仕事したくない…」と秘書に零したら鼻で笑われたのも腹が立った。
「社長は、ガス抜きが壊滅的に下手でいらっしゃるのです」
…ま、元が直球ストレート型ですから…と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた彼女だが、ふと目線を彷徨わせた後、唐突に「あ、そうだ」と人差し指をこちらに向けてくる。
そしてこう提案してきたのだ。
社長がお持ちになられている業務、私が終わらせましょうか———と。
「副社長のご依頼の書類と事務のヘルプ両方、そのいずれも秘書課の若い子達でも出来そうな業務内容ですし。それに社長、今の貴方はどう見たってストレスの塊です。私から副社長に直訴して、明日から三日間、休暇をとっていただきます」
その代わり…私も交代で代休いただきますから、とレディ秘書。
「お気付きかどうかはともかくですが、社長。…独り言の癖、治した方がいいですよ? あとお忙しい時、自覚は無いかもしれませんが髪を掻きむしるのも…」
こいつ、オレを心配しているのか、詰りたいだけなのか。
「あ、それと何処か出掛けるのならばお土産、必ずください。あと、休暇後の引継ぎメモには必ず目を通すようお願いします。それからメールの件ですが…」
…まあ、いい。
くだくだしい説明はこの辺りで止めておく、として…。
「えっ、休暇!? だったら俺の大学のサークルで合宿あるんだけど…」
そして誘われるがまま、オレは着替えと最低限のアメニティグッズのみ持参で、学生陣の仲間入りを果たす事と相成ったのだ。
いや悟飯さんいるし大丈夫だろ…あと人数そんなにいないから、とか言ってるしな…と、軽く身構えていたオレが浅はかだった、と約12時間後の自分に凄く詰め寄りたい…。
『悟飯さんと一緒に休日ライフを満喫出来るっ!』
とか考えたオレが、とっても甘かったんだ———!!!
真夏の夜の夢
………。
………。
………な…なんで、こんなに歩かされるんだ、オレ?
早朝五時半、悟飯さんの通う大学前でメンバーと待ち合わせをし、睡魔と格闘しつつ眩しすぎる朝陽の光を浴びながらでひたすら電車を乗り継ぎ郊外へ出て、そこから更に、今時見慣れないタイプのレトロなバスに乗らされ、ガタンゴトン、と揺れまくりながらで自動販売機やコンビニすら見当たらないバス停で降り、後はずーっと直射日光オンパレードの白い道を約一時間近くも歩かされている、そんな状況下だ。
「えーっとっ、トランクスさーんはいっ、塩飴でーすっ♪」
悟飯さんの同級生だという女子が、オレへと飴を差し出してくる。ホント暑いですよねーこんな歩かせるなんて信じらんない…と、ハンドタオルで額を拭うその仕種にはまだまだ余裕がありそうであり、また、前方を歩く悟飯さんやその親友である青年は何かの共通の話題をしているらしく、割と元気そうだ。
メンバーは、四人。悟飯さんとドレッドヘアーの青年に、ショートカットの女子…そしてオレ。
「あっ、あ〜…見えた見えたっ、ほれあの旅館ッス!!」
ゆらゆら陽炎に揺れる『それ』は、遠目にはあばら屋めいていて、なんだかコワい。オレ、会社休んでなんでこんなとこいるんだろう…と、半ば本気で悟飯さんを恨む。というより何故前日までそんな合宿がある事を知らせなかったんですか、と問うたが、
「え? 言ったよ、随分前に。覚えてないのか?」
しれっとそんな返答をし、ああ食事なら数日分冷凍してあったし…と、平然と言ってのける師匠。
「それより折角の休日だ、キミも一緒に楽しんでいけよ。この二人、前々からキミに興味津々だし、きっと仲良く出来ると思う」
振り向けば悟飯さんの学友二人は「はぁ〜い」と、こっちにスマイルを向けて手を振っている。…ま、彼等は三日に一度は必ずうちの玄関先に来るし(※悟飯さんを呼びに)…けして初対面ではない訳だしいいか、そんな気を遣わなくても。
「ね〜ね〜トランクスさんて、あのカプセルコーポレーションの社長さんなんですよねっ! それってどんなお仕事やるんですかぁ〜っ!?」
「コラ待て抜け駆けはナシだぜっ、それよかオレもちょー質問バリバリあるんスよぉ〜っ社長さんっ!!」
…若いっていうのは恐ろしい武器であり、また強みだとも思う。
オレはまごつきながら悟飯さんに助けを求めるが彼はしれっと「えっと、予約の場合は確かこのクーポン見せるんだっけ」と、スマートフォンを操作しだす始末…オレはもうヤケになって「ああ、うん」と、それぞれの質問に正直に答え、気付けば割と親密に会話が出来るまでになっていた。
宿に着き、門を潜ってみるとそれほどボロボロではなく、寧ろひなびてはいるが『レトロ』と云えなくもない雰囲気を醸し出している。
悟飯さんが受付を済ませ「すみません、急な話で…」と、一名追加になった件を詫びていたが、ご年配の女将さん曰く「逆に嬉しいことですから」と冷たい麦茶を出してくれたのが有り難かった。
チェックインを済ませ、オレら四人は早速、あてがわれた部屋に通され荷物を置く。イグサ、と呼ばれる植物を編んで作られた『畳』に、木枠に薄紙を貼った『障子』は、都育ちのオレには新鮮だ。カーペットと違って涼しいし、すぐに寝転がれるのは最高!
…と、そこで窓際で景色を楽しんでいた女子が「わぁっ、アレなになに?」と指差している先には…短冊をぶらさげた湯呑サイズの鐘のようなものが軒先に吊るされていた。
「ああ、あれ? 風鈴、っていうんだ」
俺の実家でもよくぶら下げているよ、と悟飯さん。
「風が吹いたりするとあれがチリンチリン、って音が鳴って、真夏日なんかはそれがとても涼しげなんだ。夏の風物詩だよ」
———でも元々は物事の吉凶を占う占風鐸(せんふうたく)と言う道具が起源なんだってさ、と師匠。
「魔除けとか、厄除けの意味合いとして使われていたとも云われているけど、時代が進んで夏の氷売りや蕎麦の屋台で使われるようになって、現在の『風鈴』の形になったという話さ」
「あっははは、さっすが悟飯センパイっ博識〜」
…しかし本当、辺り一面見渡しても特といったものもなし、ただただ海辺と空、時折ちらほらする岩と木だけ。海水浴に訪れている客もまばらにいるが、リゾート地と呼ぶにはほぼ遠い。
「此処よぉ、海産物つぅか刺身や干物がすっげ〜うまいらしいんス! それと…こっちも」
ドレッド頭がぐいっと飲む仕種をした。どうやら酒の話だろう。
「それにしたってキミ達、どうして此処を合宿に選んだんだい?」
旅館のスタッフに聞かれてはまずいので声のトーンを落とし、オレはドレッドに質問をなげた。すると彼は曖昧なジェスチャーをした後に、
「そっれは夜のお楽しみさ、トランクスさん! ささ、それよか水着持って持って! まずは海といったらスイカ割りとビーチバレーっしょ…!!」
それからというもの。
何処で買ってきたのか、何時の間にか人の頭より大きなスイカを抱えた悟飯さんと、パラソルと折り畳み椅子を用意した後の二人によって海水浴が決行された。
あぁっ…い、何時の間にっ、何時の間に悟飯さん、そ、そんなハレンチな水着を買ったんですかね…!? 目のやりどころに困るんですが…!!
「…は? キミもスバルも同じようなもの着てるだろうが」
心底呆れ顔の師匠、紅一点の女子に「うわっ、見違えたよ」と駆け寄ってその水着姿を褒めつつ、オレから逃げるようにそそくさするのがなんだか悲しい…オレはそんなに邪な目で見ていたっていうのか? それにしてもほぼ全裸じゃないか、それ!! 陽射しを浴びて桜色に火照った白い肌に、完璧な彫像のような筋肉に包まれた全身…歩けばそのしなう腰の細さが際立つし、なんていやらしいんだ、水着ってのは!!
「はいはいそこボーッとしてないで。だったら…こうだっ!」
悟飯さんの声と共に、視界が布地でシャットアウト。
(あ、これって…もしかしたらハチマキ?)
「トランクスさぁ〜ん♪ おっねがいしまぁ〜す!」
そしてオレは完全に閉ざされた漆黒の闇の中で木の棒を構え歩かされ「あっ左、左」「いや、真直ぐ十五歩!」とか野次を飛ばされコケてコケまくって、ようやく頭突きでスイカを割ってウケを狙った後に「師弟対決!!」と、ほぼ一対一のビーチバレーで悟飯さんと戦う羽目に陥ったのだった…。
———夜、八時。
話に聞かされてはいたが、魚と貝の美味い事…。
「ぷっは〜、もう、動けねぇ〜…」
暑さも忘れ散々ふざけ倒し、全身使ってきた後の露店風呂と、用意された刺身やフライの味はまた格別だった。
「…こんなにお腹膨れるほど魚食べたの、久し振り」
流石の悟飯さんも満腹なのか、浴衣の帯をゆるめて畳の上にくたんと横たわって腹部を撫でている。
「ねぇねぇみんなっ、デザートにアイス食べようアイスっ」
…だが女子というものは何故いかなる場合においても『甘いものは別腹』なのかも問いたいところだ…。かといって冷たくする訳にもいかないか。
「あ、オレも付き合うよ。悟飯さん達はそこで休んでいてください」
確かアイスは土産屋で売っていた筈。
オレは財布を手にし客室を出ると、彼女と世間話をしながらアイスを四つ、買った。
「え、トモダチですかぁ? いるいる、いっぱい。んでもセンパイやあのコルク頭と一緒にいるとなんか落ち着くし、なんかワクワクするんですよぉ〜」
ちなみに、悟飯さんやあのドレッドヘアーの青年は二十歳越えてからの入学だが、彼女は普通に高等学校を経てからの入試で現在に至るらしいから、あの二人との年齢差はそこそこだという。
「でもぜんっぜん気を遣わなくてすむしぃ…なんつぅか、特に悟飯センパイと一緒だと、ちょー落ち着いちゃうんです」
———何があっても大丈夫ってな気分になれちゃうから、と彼女。
「ふっふっふ〜、そ・れ・よ・り!! メインイベントはっ、実はこれからなんだなぁ〜…」
聞けばこの合宿、その『悟飯さん』を鍛え上げる為のものだとか。…それ、どういう意味合いなのかと聞くまでもなく…察しがついたオレは「それ、悟飯さんに相談したの?」と、耳元で囁く。
しかし彼女は肩をすくめ「わかんなぁ〜い」と、アイスを一匙すくいパクンとするのみだった。おぉ〜い…。
「それでは、各自ロウソクをもって」
———予想通りの展開。
ドレッドが事前に依頼し呼び出した周辺のご隠居と、この旅館の女将さん数名が、真っ暗な和室の畳の上に鎮座している光景…。
「昔…此処は猟師町として栄えていての、盆の時期になると『迎え火』を焚いて死んだ人間の霊を迎え入れる風習があったんじゃ…。そしてこの日はけして何があっても船を出してはならぬ、と言われていての。何故なら、海で死んだ者たちの霊が『船幽霊』になって船を沈めてくるからなんじゃよ…」
朗々と語られるそのエピソードは何処かで聞いたようなものばかりではあるが、ロウソクの灯りのみ、しかも皺のよったご老体達が語る事によって深みと真実味を帯び、じわじわと身体が凍りつきそうになる…。
ふんふん、と聞き入るショートカットの女子。
スマホを駆使し、メモをとるドレッドヘアー。
…で、肝心の悟飯さんは…といえば、オレの隣で可哀相な程ブルブルと震え、こちらの浴衣の裾をぎゅーっと掴んで離さない…。とにかく、本当に怯えていて気の毒だ(※オレは嬉しいけど)。
「水平線の向こうから不気味な船が近付いてきての、そこから無数の火の玉がふわふわと舞い飛ぶ…掟を破り、盆に漁をしだした者にこう囁くのじゃ…『柄杓をくれ〜…柄杓をくれぇ〜…』とな…」
ひぃっ、ひぃっ、と、連続で悲鳴をあげて遂にオレへしがみつき始めた悟飯さん。それを横目に「あ〜あ〜」と半目開きのドレッドが「んで、その船幽霊の話っつーのは実際にこの町ん中で体験した人とかいるんスかね? 人数は? 時間帯とかの詳細あったら是非」と、しきりにレポートをとりたがっていた。
すると女将さんが挙手をする。
「船幽霊…とは違うかもしれませんが、うちの人の話を、ひとつ…」
海産物以外の特色も無いこの町だが、以前はそこそこに賑わい観光客で潤っていたのだが、件の『人造人間襲来』により、町全体の収益はほぼゼロになったのだ、という。
観光客が来なければ副業で賄うしかない。
「うちの人は漁師の家で育ち、この旅館を経営する傍らで自らもよく漁をしておりました。けれど、近場で獲れる魚だけで収益を得るのは大変難しく、そこで夫は『マグロで一攫千金を狙う』と言い、ちょうどこのぐらいの時期に旅立ったきり、帰ってきません」
———もう生きていないでしょうね、と女将さんは渇いた笑みを浮かべると「でも、」と呟く。
「あの人かどうかは分かりませんが、この時期は実際に…出るんです」
なまぬるい風がびゅうびゅう吹く夏の夜、浜辺からは苦しげな呻き声と共に…海の彼方に蒼白い人魂が浮かぶ、という。
「この町の人達も、訪れたお客様の数人いずれも同じ事を仰るんです。もしかしたらうちの人…此処に帰ってきたくても道が分からずに彷徨っているのかも、しれませんね」
だからこの時期は必ず、玄関先に提灯をぶら下げてるんですけど。
———そう女将さんは、語った。
「あの人、スイカが大好物でね。普通、お盆にはキュウリとナスで送り迎えするんですけど、うちはスイカを飾っているんです。…せめて、あの人の身体だけでも拝めたらいいんですけどね…」
翌朝。
ぜんっぜん眠れなかったらしい悟飯さんが目をしょぼつかせながらも起床し「…トランクス、トイレ…」と、オレを『また』同伴させたがる。
「だって此処、トイレが廊下の奥なんだ」
なんだか暗いしおっかないんだよ、と両手をこすり頼まれると「はいはい」としか言えないオレの心境を察してほしい。
「おーおー、起きたか孫 悟飯。んじゃ現地の地形のリサーチと、地元の人間達の意見をまとめて夜、海辺を探索するべ」
学友の囁きに悟飯さんは「ああ、わかった」と答え、勢いよく生卵とアジのひらきで米をかっこみ、ポリポリとキュウリのぬか漬けを美味そうに食べる。
オレは何をすれば…そうだ、荷物持ちでもするか。
「それにしても悟飯さん、怪談話が苦手なのにどうして今回のフィールドワークを選んだんです?」
聞けば師匠曰く「怪談っていうのも一種の民俗学だからね」と微笑む。
「フォークロア。民間伝承の調査を通して、一般市民の生活、文化の発展や歴史を研究するもので、こういうのは凄く興味深いのさ」
…平和になった世界を色々調べ回りたいと前々から願っていたからね、と悟飯さんはシメのたくあん一枚を口にし、ポリポリと咀嚼。
「それに俺は、ああいう『怖がらせる為の話』が苦手なだけ。別に、人魂とか、起こる怪奇現象そのものはあまり怖くはないんだよ。…さ、トランクス、さっさと支度してこい。俺もすぐ用意するから」
———とかなんとか、
真面目な調査を考えていたのはどうやら悟飯さんだけだったようで、実際は小一時間程、町の人々にそれとなく「大学の研究で…」という触込みで話を聞かせてもらったりもしたが、
「うっわうわ! サボテンのお刺身、ちょーおいしっ♪」
「みろみろぉ! こぉんなおっきークワガタ、コレ幾らで売れっかな!?」
———あとの二人がそれはもう観光そのものをエンジョイしているだけの行動となっていたのだ。呆れてものが言えない。
「っ、あーっトランクス!! キミまで俺を裏切る気か…!!」
だって暑いし、アイス美味しいんですよ。仕方がない。
人魂が発見されたと思しきポイントはどの人々に聞いても共通しており、あのお世話になっている旅館からさほど離れていない海岸である。
「…本当に、幽霊なんてのはいるんでしょうか」
オレがそう呟くと悟飯さんは暫し俯きながら「分かる気がする」と、自身を指さす。
「無念や、やり残した事、それらがあると自分が『死んだ』事すら自覚出来ずに『念』だけが取り残される。すると自ずと気付かずに暴走するって訳さ。少なくとも、俺には、分かる…」
———あ。
「でも俺だって非科学的なものはすぐに信じないさ。まずは目で確かめないとレポートだって書けないしね」
十数年も彼世で、自責の念で生み出した幻の敵と戦い続けていた人がその台詞を言うとなんとも云えない深みがあった。オレは無言で悟飯さんや学友達の後を追い、浜辺で写真を撮ったりもした。
そうして二日目の夜が訪れた。
女将さんに許可をとって、真夜中の浜辺を撮影したり手を合わせたりしつつ、件の現象を待った。
ちょっと真夜中過ぎたかなぁ、と間延びした女子だったが…不意にオレの方へと駆け寄り「…や…っ、あれ…、」と、指をさす。その方角に目をやるが、何も無い。静まった海面が月を映すのみだ。
だが暫くしてみると———海の彼方に一瞬だけ、なにか光の球体がフラッシュのように輝き、消えた。全員が凍りついた。
「…ははっ…ま、まさか、マジのやつだったかなー…?」
いや待て、あれって確か…何処かで聞いた事があるような…。
とか呆然としているオレの真横から悟飯さんはナチュラルに舞空術を使ってすぃーっ…と、まるで幽霊よろしくその『人魂』らしき球体の方を目指していく。
と、風が吹いた。
海がざわめきだし「おぉお、おぉお…」と、あたかも男の低い声にも似た呻きを奏で始めた。ぎゃーっ、怖いよぉー…と、パニックになりかけた女子をドレッドヘアーの青年が押さえ「コレただの風ッスから」と、口笛を吹いた。
「ほれ。此処、岩多いし、丁度『笛』と同じ原理で風が岩場の隙間を縫って吹いているからどーしても『呻き声』みたく聞こえるんスね」
ヒトって恐怖心芽生えちまうと、どーしても大袈裟にとっちまうもんスから…と、割と冷静な意見と目線がくると、少しでも怯えてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思える。だが、本物の幽霊でなくてほっとしたのも確かだ…。
やがて、海面の彼方から再び戻ってきた悟飯さん。彼は月光を背に「やっぱりあれ…球電だったみたいだ」と、カメラを手にしていた。
『球電』
要は———非常に稀な発光現象である。
非常に強いエネルギーを帯びた発光体が、球体となって空気中を漂うといい、落雷による放電現象で空気中に大量に放出された電子が、強力なエネルギーを持つ電磁波の塊のような球体になると言われているが、仕組みはまだ明らかにされていないのだ。
「真夏日は不安定で、低気圧が近付くと海付近も影響され易い。陸では良い天気でも、少し離れた沖でスコールが発生して雷が鳴っている…という話は聞いた事があるだろ? きっと条件が重なって、たまたま…夏期にこの現象が立続きで発生した。それが『人魂』と『船幽霊』になっていたんだろう」
あぁ成程そうだよな…と、内心抱えていた恐怖と不安を理論化する事により落ち着きを取り戻した学生達とオレらは「写真も撮れたし、そろそろ戻るか」と、風鈴の音を辿って泊まっていた旅館へと戻り「やっぱり何もありませんでした」と、笑顔で女将さんにおやすみの挨拶を交わす。
「そりゃそうですよね。おやすみの前にスイカは如何です?」
有り難い申し出だ。都会では殆ど経験する事のない浴衣に、風呂上がりのスイカと風鈴。悟飯さんやドレッド頭は嬉しそうにむしゃぶりつき、一方でウレイナ、という名前の女子は「私なんか頭いたくて〜…」と、奥の間に消えていった。疲れがたまったのだろう。
さてこのスイカを食べ終えたら寝ようか…と、三人席を立とうとしていた、その時だ。
コンコン…と、障子の戸を叩く音と、人影がある。向こうは庭の筈だ。こんな夜更けに物騒な…と身構えているところに悟飯さんがすっと障子を開ける。そこには冴えない風体の、壮年の男性が一人。別に怪しい感じはしない。
悟飯さんが「どうかされましたか?」と問うと、その男性は額を腕で拭いつつ「…水とスイカをいただけませんか」と、両手を差し出す。
「もう随分と水気のあるものを口にしていないんです、だから…」
「…分かりました。水と、スイカですね」
直ぐに用意しますからね…と、彼は数切れ残っていた西瓜を皿ごと差し出し、未開封のミネラルウォーターのペットボトルを男へと渡す。あぁありがとうありがとう…と、しわくちゃの面を更にくちゃくちゃにした作業着のその男性は濡れ縁に腰掛けると美味そうに西瓜にむしゃぶりつき、悟飯さんの差し出した水もガブガブと飲んだ。
「あぁ、美味い…こんなに美味いもの、本当に久し振りだ…」
「あの。よかったら、これも…」
何時の間に持ってきたのか、旅館の女将さんが仏壇に供えていた巨大な西瓜を一玉、悟飯さんはその男に手渡す。彼は目を細め「なんとありがたい…」と手を合わせ、何度も頭を下げ、庭から門を潜って出ていってしまう。
「…なんだ、ありゃ?」
ドレッド頭が不審そうにその後姿を眺め「てっきりここで働いてる庭師だとばかり」と首を捻っている。実はオレもそう考えていたのだ。
だが、悟飯さんはひとり「…辛かったんだろうな」と呟く。
「見渡せど見渡せど、周囲に水はあるのに飲めない。…そんな状況、考えた事があるか?」
獲れた魚を食べる気力もなく、野菜や果物を摂取出来ず…最後はどんな状況だったかを考えるとぞっとしないよ…と、悟飯さん。
「俺が経てきたものはまだ、地獄じゃなかったのかもしれない」
夜の闇と同じ色をしたその瞳が一体何を捉えているのか、また彼が先程接した相手の正体を想像し、今更ながらオレともう一人は総毛立つ我が身をかき抱く。
濡れ縁には、歯形の残った西瓜の皮と、水溜まり。
綺麗に空となったペットボトルが、二本。
「…強い『念』は誰しもが持っている。それが怖いだなどとは思わないがキミ、一番恐ろしいのは生きている人間そのものかもしれない」
だって『怖い』と思うから恐怖も生まれるんだよ、と。
まるで半開きの口のような月を仰ぎ、悟飯さんはその皿を手にし片付けると「さ、早く寝ようか」と笑いかける。
一番恐ろしかったのは、
事に冷静に対処した筈の悟飯さんが矢張り真夜中のトイレで何度もオレを起こし「ついてきてくれなきゃ怖い」とまくしたてた。
それが一番、怖いかもしれない。
END.
おじさんの正体は…やはりアレでしょう。
悟飯さんは一旦黄泉の国へ渡った身の上ですので、
なんとなく直感で察したのでしょう…。
怪談話でひぃひぃ叫んで震える未飯さん
書けて、むっちゃ楽しかったです…✨
by synthetia
| 2018-07-27 13:37
| (主にトラ×飯)駄文
|
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